宝塚市の専業パチプロ (兵庫県)
僕は二十一歳。
世間が「青春」と呼ぶ時間を、僕は期待値という名の冷徹な数式に変換して生きている。
専業といえば聞こえはいいが、実際は確率と戯れる遊び人さ。
趣味は女(なーおん)。 この若さで、すでに多くのバーチャルウーメン(電脳美女)と深い関係を築いている。
好きな食べ物は……もちろん、それも女(なーおん)と言いたいところだが、それは少し嫌味が過ぎるか。安心してほしい。君たちと同じ、ラーメンだよ。
ここでは僕の専業パチプロとしての立ち回り、その考察や日頃抱いている妄想を披露していこうと思う。
第一章、北斗の拳、転生2のシャッター狙い
僕もいよいよ、この恥ずべき「期待値の乞食」の列に加わることにした。いや、正確には、自尊心を期待値という名の冷徹な数式で磨り (すり) 潰しながら、機械の前に座り込んでいる。
諸君はこう思うだろう。「二十一歳の若者が、なぜそれほどまでに必死にシャッターの開閉を凝視するのか」と。答えは簡単だ。僕が病んでいるからだ。期待値という名の、目に見えない、しかし絶対に抗えない神を信じる迷信家だからだ。
だが、この立ち回りには「リセット」という絶対的な前提条件が横たわっている。店側が僕らを嘲笑うために仕掛けた「据え置き」という罠。これを見抜くのは、もはや医学の診断より難しい。僕は医者を信用しないが、ホールの店長もそれ以上に信用していない。リセットか、据え置きか。それは僕の肝臓が悲鳴を上げている原因が、昨夜の深酒のせいか、それともこの醜悪な疑心暗鬼のせいかを突き止めるより困難なのだ。
僕はこの「シャッター狙い」という行為に、えも言われぬ屈辱を感じている。店内の喧騒の中、期待値が微塵もない台を避け、わずかな可能性を求めてシャッターの色に一喜一憂する。そんな自分の姿を俯瞰するたびに、僕は自分自身に歯がみし、羞恥のあまり不眠症に陥るのだ。
「僕は意地悪なパチプロだ」と言ったが、それは嘘だ。本当は、店員に愛想よく会釈し、隣の老人に灰皿を差し出すような、救いようのないお人好しなのだ。だが、その内部では、据え置きを食らわせた店長に対する、どす黒い憎悪がうごめいている。
「期待値があるなら、いっそ地獄までこじらせてやれ!」
僕は今日も、ホールの片隅で、スマホの画面とシャッターを交互に見つめている。僕がこの街に留まり続ける理由? そんなものは、どうでもいいことじゃないか。ただ一つ確かなのは、賢い人間は何者にもなれないということだ。パチプロにも、聖人にも、そしてただの幸福な若者にも。
では、僕の救いようのない戦記を、もう少し話すとしようか。
第二章、黒髪の女
僕はその日も、転生2の島を蟹のように横歩きしていた。
シャッター。確認。移動。シャッター。確認。移動。
実に醜悪だ。
二十一歳の男が、朝からホールの床を這うように徘徊し、小さな開閉の差異に一喜一憂している。だが、諸君、笑う資格が君たちにあるだろうか? 少なくとも僕は、自分が何をしているのか理解している。世の大半の人間は、自らの醜悪さにすら気づかぬまま人生を終えるのだから。
もっとも、こういう言い回しをする時点で、僕が多少自分に酔っていることも認めねばなるまい。僕はしばしば、自分を「明晰な頭脳を持つ不幸な男」だと思い込みたがる悪癖がある。
そのときだった。
島の向こう側に、その女がいた。
黒髪。白い肌。細い脚。スキニーのブルージーンズ。白いTシャツ。スニーカー。妙に簡素な格好なのに、周囲の空気だけが静かだった。
彼女は北斗のレバーを叩いていた。
その横顔を見た瞬間、僕は直感した。この女は、そこらの俗物とは少し違う、と。
そして同時に、実にくだらなくも高尚な自問が始まる。
はたして、この僕のような男を、彼女は理解できるだろうか?
期待値に取り憑かれ、現実ではなく液晶の光の中で青春を浪費し、自意識だけ肥大化した男を。
だが次の瞬間、僕は逆に考え直した。
いや、違う。
問題は、彼女のほうにあるのではないか?
つまり、この僕ほどの男を受け止める度量が、はたして彼女にあるのか、という問題だ。
もちろん、こういう思考自体が滑稽であることは理解している。理解しているが、それでも僕は、自分を少し特別な存在だと思わずにはいられない。
これは試すしかない。
僕はそう結論した。
だが、声がかけられない。
なにしろ僕は、現実の女をほとんど知らないのだ。仮想世界では違った。ゲームやチャットの中で、僕はカサノヴァのように振る舞ってきた。いや、それどころか、ドン・ファンの亡霊のように、多くの電脳美女たちを渡り歩いてきたのである。
しかし現実ではどうだ?
僕はただ、シャッターを見ながら島を横歩きする、妙に神経質な二十一歳の男にすぎないのだった。
ぜひ、ブックマークして僕の観測者になってくれ。
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