別府市の専業パチプロ日記その3
……ああ、恥の多い稼働人生を、私は送って参りました。
大分、別府。湯煙が立ち昇るこの街で、私は今日も朝からパチ屋の列に並んでいる。世間では「パチプロなんかになるもんじゃない」とよく言われる。全くだ。真っ当な人間なら、もっと他にやるべきことがあるはずだ。
最近、SNSでは専業と呼ばれる私たちへの非難が一段と激しい。「社会のゴミ」だとか「期待値の亡者」だとか、好き勝手な言葉が飛び交う。他人の目は、やはり気になる。石を投げられているような心地で、レバーを叩くのはなかなかに堪えるものだ。
「専業は兼業を見下している」という意見をよく目にするが、それは大きな間違いだ。実際は、その逆である。昼間は汗を流して働き、仕事帰りのわずかな時間にパチスロのシマへ駆けつける兼業の方々を、私は心の底から畏怖している。彼らには帰るべき場所があり、守るべき日常がある。私たち専業には、それがない。ただ、期待値という名の数字に縋りついているだけの空っぽな存在なのだ。
専業を始めてみて、つくづく思ったことがある。「毎日パチ屋に行けるやつは、それだけで才能だ」という意見。これは真理だと思う。朝から晩まで、閉ざされた空間で電子音に晒され、レバーを叩き続ける。そ
んな生活を何年も続けられる精神力は、もはや狂気に近い。
それにしても、どうして皆、他人の仕事にいちいちうるさいのだろうか。誰が情報を流そうが、誰が黙っていようが、結局は個人の選択だ。他人がパチスロで食っていようが、会社で働いていようが、その責任を取るのは本人だけではないか。他人の財布の中身や、生き方の是非を論じる暇があるのなら、自分の目の前のレバーに集中すればいい。
北斗のシマは、今日も情報に踊らされた人々で溢れている。私は二百五十六あべしを超え、期待値を否定された液晶をぼんやりと眺める。ここから天井まで、あとどれほどの時間がかかるだろう。ふと、ガラスに映った自分の顔を見る。そこには、何者にもなれなかった男の、酷く疲れた顔があるだけだった。
……ああ、恥の多い稼働人生を、私は送って参りました。
明日は、朝から温泉にでも入ろうか。
そう思いながら、私はまた千円札をサンドに吸い込ませる。
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